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1 竹本忠雄「皇后宮美智子さま 祈りの御歌」

かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこいきけむ

美智子様の此の御歌で、「分去れ」(わかされ)といふ言葉を初めて知つた。「追分」と同義で、群馬から長野にかけての方言だといふ。「分去れ」は「わかれ」に通じ、母音構成は「あはれ」にちかい。言葉の響きが優雅に聞こえる由縁である。だれしも幾度かの分去れを心に秘めて生涯を終へる。さう思ふとせつなくもある。
加冠の儀の折の、美智子さまの長歌と反歌

二月二十三日浩宮の加冠の儀、とどこほりなく終りて

いのち得て かの如月の
夕しも この世に生れし
みどりごの 二十年はを経て
今ここに 初に冠ぶる
浅黄なる 童の服に
童かむる 空頂黒幘
そのかざし 解き放たれて
新たなる 黒き冠
頂に しかとし置かれ
白き懸緒 かむりを降り 
若き頬  伝ひつたへて
顎の下 堅く結ばれ 
その白き 懸緒の余
音さやに さやに絶たれぬ
はたとせを 過ぎし日となし 
幼日を 過去とは為して
心ただに 清らに明かく 
この日より たどり歩まむ
御祖みな 歩み給ひし 
真直なる 大きなる道 
成年の 皇子とし生くる
この道に今し 立たす吾子やは

音さやに懸緒截られし子の立てばはろけく遠しかの如月は

2 リルケ譯「ポルトガル文」

「ポルトガル文は、もともと、或るポルトガルの尼僧がフランスの武人にあてた五通の恋文であり、虚構の文芸作品ではない。自分を捨てて、国に帰ってしまった男に宛てた手紙である。それが公開され、文芸作品として世の人に歓迎される運命となった」水野忠敏訳「ポルトガル文」後書き

葡萄牙の尼僧 マリアネ・アルカフォラダ
仏蘭西の武人 シャミリー・ノエル・ブトン

最後の手紙で、シャミリーの肖像画、腕輪と彼からの手紙を全て先方に返却し、マリアネは別れの決意をする。
「今ようやく私にとつて貴方よりも、自分の愛の情熱の方が大切なことに気がついたのです。もう貴方には何の望みもありません。貴方とお別れしなければ。もう二度と手紙を差し上げることさへないやうな気がします」

リルケ「マルテの手記」
「男を呼び続けながらついに男を克服したのだ。去った男が再び帰らなければ、容赦なくそれを追い抜いていつたのだ」

堀辰雄「七つの手紙」 
「私の前に現れたその〈蜻蛉日記〉といふのは、あの〈ぽるとがる文〉などで我々を打つもの、ーーそれが恋する女たちの永遠の姿でもあるかのやうにーー愛せられることは出来ても、自ら愛することを知らない男に愛を求めつづけ、その求むべからざるを身にしみて知るに及んでは、せめて自分がそのために、これほど苦しめられたといふことだけでも、男に分らせやうとし、…」

3 中勘助「銀の匙 三十一」

多くの読者をもつ、この作品の秘密を解き明かした文章があるので、御紹介したい。富岡多恵子「中勘助の恋」より

「 幼い子供が感受しているのは、過去や未来という時間の層で振り分けられた世界ではなく、永遠のなかに、時としてふいに立ちどまるような「詩」の世界である。そこでは「音」も、ものの「カタチ」もおそろしいほど詳細に感知されているのに、言葉化されないのは時間の層に彼の言葉が従属していないからだ。作者(語りて)の「私」は、幼い「私」=主人公を固定された時間の層の高台から眺めていない。むしろ自在に往来することで、その言葉化されない「音」や「カタチ」の詳細を語ることができる。『銀の匙』の読者が驚嘆し、郷愁に似たさみしい、しかもなまめく感傷に誘われる子供の遊びや菓子やお祭りや縁日のディテールは、語り手の「私」が「現在」という時間から「過去」を語るというテンス(時制)の装置からはでてこない」

4 宮澤賢治「風の又三郎」

「さて風の又三郎とはでは誰か。ガラスのマントを着て空をはせめぐる、人の目には見えぬ風の神の子っ子、風の精、風の又三郎とは誰か。「誰ともなく」というように又三郎が

「雨はざっこざっこ雨三郎
 風はどっこどっこ又三郎」

と叫んだとき、三郎とは反対になんの恐怖もなく子供たちが同じことばを叫び返したのは示唆的だ。又三郎が風の精であるのと同じ意味で子供たちは北上山地の土地の精にほかならず、従って又三郎と子供たちは同類・同じ仲間として、さいかち淵をへだてた向こう側の三郎と相対したのである」
天澤退二郎

5 フランク・ハーバート「Dune / 砂の惑星」

アラキスはナイフの本質を教えてくれる。不完全なるものを斬り捨てた跡で、ナイフはこういうーー「さあ、これでこいつは完全になったぞ。なぜなら、ここで息絶えたからだ」
プリンセス・イルーラン 「ムァディブ名言集」より

今回はアラキスの砂漠に棲息する、砂蟲の歯から作られた聖なるナイフ、クリスナイフを描いてみた。これなら、レディ・ジェシカも気に入ってくれると思ふ。

矢野徹の旧訳から四十五年、酒井昭伸の新訳がでたので取り上げた。両者の違いはほとんど無い。最近の文庫本は、活字が一回り大きくなり、有難いことだ。
大まかな話の筋を、予め頭に置いてゐたほうが読み進めやすい。以下に旧訳版の前書きを示す。

「アラキス…砂丘…砂漠の惑星。ポウルの夢に一面乾ききった死の世界が広がる。そこが、彼がこれからの一生を過ごすところなのだーアラキスは過酷な星ではあったが同時に唯一の老人病特効薬メランジの宝庫でもあり、皇帝の勅命を受けたアトレイデ公爵にとって、そこを仇敵ハルコンネン家にかわって支配することはこの上ない名誉と富を意味した。一人息子ポウルに、より豊かな未来を継がせるのだ。
ハルコンネンの復讐の罠を、皇帝の恐るべき奸計を、十分承知しながら公爵は敢えて砂の惑星に乗り込んでいく…!」

5 海くれて鴨のこゑほのかに白し

山本健吉先生の鑑賞は間然するところがなく、理路整然とした模範解答といへるだらう。もう一方、安東次男先生の解はどうか。

「一句の〈白し〉は、周囲の現象によって映発されながらも、直接にはそれらに関わるものではなく、〈常風雅にゐるものは、おもふ心の色、物と成りて句姿定まる〉というその心の色であろうが、これ以外の句形が、思いうかばなかったはずはあるまい。たとえばその一つは、海くれてほのかに白し鴨の声、だ。そしていまひとつは、海くれて鳴く鴨のほのかに白し。前者は視覚によって補われた聴覚が、後者は聴覚によって補われた視覚が、つくり出す幻覚のストレートな表現である。それらを排して頭書の句形に決まるまでの経過が、句案というほどの手間もかけないでたどられているのが、この句の生命だろう。そういう心理の微妙な反転に、どのような伝統、さらには個人的な心情が作用しているか、ひいてはまたこの心の色の内容は何か、それを追ってみるのが私には天和、貞享のころの芭蕉の面白さだと思われるのだが、満足のゆく解を与えてくれる人はいない。〈鴨のこゑほのかに白し〉についての従来の解釈は、そういうことをさして問題にもしていないようだ」
ー略ー
〈鴨のこゑほのかに白し〉は、寒げな鴨の声をさえむしろ艶を帯びたものとして受けとった、芭蕉の心情の表白だったろう。〈ほのかに白し〉の向こうに闇を見る思想は、ここでは通用しない。後日、元禄二年の〈奥の細道〉の旅で、慟哭の極まるところ那谷で詠んだ晒された詩情(石山の石より白し秋の風)とは、その点まさに反対の心の所産であったようだ。(芭蕉の「白」を語って二句を同心に見たがる考は間違っているように思われる)
〈野ざらし〉とは云い条、貞享元・二年の旅を芭蕉は、細道行脚ほど哭すべきものとは考えていなかった。少なくとも、九月下旬大垣木因亭に入ってからあと、翌年四月下旬帰庵までの間は、そう読むしかないところがある。その芭蕉は、元禄二年の旅にいたって、はじめて白を慟哭の色、秋の色と考えるようになったのではあるまいか」
安東次男「芭蕉」

色のない白は最も多くの色を持つてゐる。ほのかな白は、人の世の悲しみに寂しさをそへた色だ

6 エミリ・ブロンテ「嵐が丘」

エミリー・ブロンテの作家としての悲しい生涯はよく知られています。悲しいというのは、生前には毫もその才能が認められたことがなかったからです。〈嵐が丘〉を書く前も、書いている最中も、書いたあとも、エミリー自身が知りえたかぎり、彼女は世の中にとって全く意味の無い作家でした。
〈略〉
エミリ・ブロンテという作家はあの〈嵐が丘〉を書いたというのに、彼女自身、そのことを知りようもないなかで書くよりほかはなかった…この事実には、何か、人の気を狂わせるような不条理なところがあります。でも、それこそ、ものを書くということの基本条件なのです。書くということは、自分が書いているものの運命を知りえずに書くことにほかならないのです。
驚くべきは〈嵐が丘〉に自然に備わった、大古典としての威厳です。未来が自分の審判たりえないにもかかわらず、いや、たりえないからこそ、一瞬一瞬、自分で自分に最後の審判を下しながら書いてゆかざるをえない。そこにあるのは、まさに、〈目に見えない世界〉に向かおうとする人間の精神の挑戦です。
そしてその挑戦は、辻さんのおっしゃる〈精神的共同体への信頼〉なしには不可能だったにちがいない。最後の審判がないという現実を引き受けながら、なおかつ〈いいもの〉を残さざるをえなかった人たち。そのような精神との時空を超えたつながりなしに、人はこの無意味かもしれない挑戦に一人で耐える力をえられないでしょう。 水村美苗

水村美苗・辻邦生「手紙、栞を添えて」

7 堀辰雄「若菜の巻など」

大野・「若菜」に至って作者はいよいよ腰を据えて小説的に物語を展開していく。話が本格的に大規模に展開するという印象をこの巻で誰でも受けると思います。「源氏物語」はここからいよいよ始まりですね。
丸谷・いままでは長い長い伏線という感じがします。
大野・昭和十四年か十五年に国学院大學で、折口信夫先生が源氏物語に関する講演をなさった。先生の話は「若菜」を読まなければ「源氏」を読んだことにならない。「若菜を必ず読みなさい」ということでした。当時、その意味はよくわからなかったけれども、後で「源氏物語」を読む折をもったときに、折口先生の言葉の意味がわかっていました。何度読んでみても、矢張りこの「若菜」の巻は、作者が意気込んで布石もちゃんと構えて話を展開させようという気持で書いている、という印象濃厚ですね。
丸谷・まったくこの「若菜 上」「若菜 下」はいいですね。素晴らしい小説を読むことができて、いい気持ちになります。
大野・これから「源氏物語」を読んでみたい方は、ともかく「若菜」の巻は絶対お読みなさいと私は言いたい。 大野晋・丸谷才一共著「光る源氏の物語」

源氏物語は、男女の恋愛ばかりを扱つてゐるやうに思はれてゐるだらうけれど、我々は此の物語から、人間が大きな苦しみに耐へ通してゆく姿と、人間として向上してゆく過程を学ばなければならぬ。源氏物語は日本の中世に於ける、日本人の根深い反省を書いた、反省の書だと言ふことが出來るのである。 折口信夫

8 フレディー・マーキュリー「A Winter's Tale」

フレディ・マーキュリーは、1991年春にこの歌を仕上げ、同じ年の11月に亡くなった。
この歌を聞くと、目頭が熱くなる。それは、歌詞がいい、曲がいいだけでなく、フレディの歌い上げる力、それに感動するからだ。スイスのレマン湖といふ嘱目の風景を、感じるままに素直になんの躊躇いもなく、作品にするフレディの力。It' a Bliss

9 折口信夫「ほうとする話」

高橋英夫「茫々と、折口信夫の海へ」
「ほうとする話」の場合、「ほう」はオノマトペではないだろう。折口信夫の『ほう』は、何か心の始末が小綺麗につけられなくなってしまい、溜息が出るというニュアンスで使われている。「ほう」と「ぼう」とを融通させれば、どうにもならなくて『茫然』とするというのとも近い。『ほうと』は副詞、「ほう」だけならこれは感動詞、そこで「ほうとする話」は、空耳としてならオノマトペふうでなくもない、折口信夫がこの一語に思いをこめた言葉というものだったろう。

標準語でいえば、それは「ほっとする」なのだろう。「ほっとする」だとするとこれは、張りつめとこわばりが弛んで、安堵の気が漂い出したときの感動詞ということになるのだろう。だが他方、「茫然」といった漢語的表現が含蓄しているような、途方もない拡がりの只中で、とりとめもなく気落ちし、ぼんやりしてしまった状態のことかもしれない。こうしていくつかの意味論的曖昧さへと薄め広げられたこの言葉は、ポジティブなものとネガティブなものとを混在させているかにも見えるのだが、折口信夫の吐息とともに吐き出された「ほう」にはポジティブもネガティブもありはしなかった。彼はその時見るべきものを見、予感すべきものを予感していた。

折口信夫「妣が國へ・常世へ」
十年前、熊野に旅して、光り允つ真昼の海に突き出た大王个崎の尽端に立つた時、遙かな波路の果に、わが魂のふるさとのある様な気がしてならなかつた。此をはかない詩人の気どりの感傷と卑下する氣には、今以てなれない。此は是、嘗ては祖々の胸を煽り立てた懐郷心(のすたるじい)の、間歇遺伝(あたいずむ)として、現れたものではなからうか。

10 世阿弥「井筒」

このあたりの夢とうつつとの交錯は、拍子に乗りながら、詞章に節、振付が相まって、世阿弥の天才を遺憾なく発揮したものと言えよう。
このような複式夢幻能について、梅原猛氏は「シテは死人である」と言い、「いったい、死人が主人公になっている劇がどこにあろう」という。だが私は、死人が能の主人公とは思わない。死と生の二重構造において捉えられた人間存在というまでのことである。主人公というより、彼一人の劇であり、むしろ彼の存在を舞台として、生と死が対話し、対決し、葛藤する、世界にまたとない、簡素さの極限の、しかしまた仕掛けの精妙さの極限の劇である。

人間存在の二重の状態に対する世阿弥の深い洞察が、複式能の様式、あるいはそれのヴァリエーションを含む、能の劇としての新しい展開を可能にしたのである。二重の状態とは、人間の内部に死と生とを、対立するものとして認めたことである。生とは死を含み、死は生を含む。生は死によって証を得、死は生によって意味づけられる。「いのち」が美しいのは、それがはかないものだからであり、やがて死が訪れるのが必至だからである。そのことを世阿弥は、「花」によって説いた。
「イズレノ花カ散ラデ残ルベキ。散ルユエニヨリテ、咲クココロアレバ珍シキナリ」
花が美しいのは散るからだ、と言えば簡単きわまる心理だが、「いのち」が美しいのは、生の中に死を含んでいるからだというそれだけのことも、世阿弥が、世阿弥だけが意識の上で明確化することによって、舞台に絢爛たる花を咲かせることが出来たのであった。
山本健吉「いのちとかたちー第21章」

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