海くれて鴨のこゑほのかに白し

L c r
海くれて

十二月、熱田での句。「皺筥物語」「熱田三歌仙」には「尾張の国あつたにまかりける比、人びと師走の海みんとて船さしけるに」と前書きを付け、桐葉・東藤・工山との四吟歌仙を載せている。桐葉の脇は「串に鯨をあぶる盃」。夕闇の中を、浜から船を乗り出して遊んだとき詠んだ。

鴨の声をほのかに白いと感ずる特異な知覚は、その姿のさだかに見えない夕闇を媒介として生じた。ここでは聴覚が視覚に転化されている。鴨の姿が見えないことによって、鴨の声があたかも見えるもののように、暮れていく海上に浮び出る。それによって、景が立体的に躍動し、いっそう寂寥の感を深めるのである。その高揚した内的リズムが、五・五・七の破調を生かしている。鴨の声が消え、仄白いものが消えていったあとに、ふたたび果てしもない闇がある。それが「仄かに白し」の余韻だ。
山本健吉「芭蕉全発句」

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