神々の夢のなごり

月の光のしずかにすべりゆくとき、想ひがすべてのうへに在るとき、我が目には波はうなばらと映らず、森は樹々のあつまりとはみえず、天空をかざるは雲にあらず、峪や丘はもはや地のおきふしとはみえず、うつし世はうたかたの如、すべては神々のみたまふ夢のなごりなり。 シェーンベルク : Gurre-Lieder

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世阿弥 世阿弥「井筒」  gallery 16

筒井筒 井筒にかけし まろが丈 生ひにけらしな 老いにけるぞや

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2022.05.03「女性でもなく、聖杯でもなく」
イタリアはミラノの「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」にある、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画「最後の晩餐」。
キリストは十二使徒のまんなかに居り、目を伏せ、顔をやや左に向けて、なにか言葉を口にしさうにみえる。
遠近法の消失点はキリストの額に設定されてをり、この壁画に揺るぎない骨組を与へてゐる。キリストの右側の女性的にみえる人物はヨハネであるが、両者の間はVの字に大きく開いてゐる。この形が、女性の象徴であつたり、聖杯であつたりといふ想像をふくらませる。また、この空間は、この壁画の些か厳格すぎる遠近法を、心理的に和らげる効果を上げてゐる。さらに言へば、この逆三角形がこの壁画の中心なのだ。

レオナルドほどの聡明な人物が、人間に神を描けると思つてゐたはずがない。ヨハネとキリストとの間は、永遠なるもの、人間の目には決して見ることができないが存在してゐるものの象徴なのだ。