世阿弥「井筒」

l c r
世阿弥

世阿弥が作った複式夢幻能に「井筒」がある。これは世阿弥の最高傑作の一つとされている。大和石上の在原寺の廃墟を訪ねた旅僧の前に、里の女が現れ、昔の業平の物語をしているうちに、自分こそ恥ずかしながら、この井筒にかけて契った紀有常の娘、またの名井筒の女である、と名告って井筒の陰に消え失せる。中入りの後、再び現れた女は、業平の形見の冠、直衣を身に着けた、武官の男姿で、移り舞を舞う。移り舞とは神がかりの舞で、業平の霊が憑り移った舞である。女が月影の澄む井筒の水をのぞき、そこに映る男姿の自分に業平の面影を見、そのことから業平になりきった、憑かれた状態から脱して、恋うる女の現実へかえって、「見ればなつかしや」と謡う。昔男に移り舞の、物静かな序の舞につづく、無限と現実、狂気と正気、過去と現在の交錯したこの件は、詩劇としての「井筒」の最高の詞章を見せている。

シテ ここに来て、昔ぞかへす在原の
地  寺井に澄める、月ぞさやけき、月ぞさやけき
シテ 月やあらぬ、春や昔と詠めしも、いつの頃ぞや、筒井筒
地  筒井筒、井筒にかけし
シテ まろが丈
地  生ひにけらしな、
シテ 老いにけるぞや
地  さながら見みえし、昔男の、冠直衣は、女とも見えず、男なりけり、
   業平の面影
シテ 見れば懐しや
地  われながら懐しや

homegallerynotes

home

notes16

gallery16