notes6

1 D.H.ロレンス「死の船」
おう、あなたの死の船を造れ、おう、それを造れ、
やがて それが必要とならうから。
忘却の航海が待つてゐるから。

組曲「クープランの墓」第二曲、フーガ。ジャン・クリュッピ少尉を悼んで、モーリス・ラヴェル作曲、1917年。

2 マイルス・デイビス「THE MAN I LOVE」
アルバム「MILES DAVIS AND THE MODERN JAZZ GIANTS」より、
The Man I Love (take 2), The Man I Love (take 1), Dec , 24 , 1954.
Miles Davis(tp), Milt Jackson(vib), Thelonius Monk(p), Percy Heath(b), Kenny Clark(ds).

take 1で、ミルト・ジャクソンのイントロに中断があり、会話まで録音されてゐるが、あらためて始められた演奏はすばらしいものになつた。take 2では、モンクはソロの途中で手をひいてしまふ。リズムだけが残る。マイルスが演奏を促す合図を吹く。アナログディスクで聴けば、この緊迫した空気を感じとれるだらう。

この演奏を聴いて、雪のふる夜空を連想しなかつたことはない。

夜の町は紺しぼりつつ牡丹雪 桂信子

3 荒井由美「ひこうき雲
アルバム…「ひこうき雲」、「ミスリム」、「コバルトアワー」
*snip*
空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲
空に憧れて
空をかけてゆく
あの子の命はひこうき雲

4 トルーマン・カポーティ「クリスマスの思い出
祖母といってもいいほど歳の離れた従姉である「親友」との生活はやがて終りをつげ、「僕」の寄宿舎生活が始まる。ちびのラット・テリアの「クイーニー」は事故で死に、「親友」がベッドから起きあがらない日が増えていく。

そして十一月のある朝が訪れる。

「その電報の文面も、僕の秘密の水脈がすでに受け取っていた知らせを再確認しただけのことだ。その知らせは僕という人間のかけがえのない一部を切り落とし、それを糸の切れた凧のように空にはなってしまう。だからこそ僕はこの十二月の特別な日の朝に学校の校庭を歩き、空を見わたしているのだ。心臓のかたちに似たふたつの迷い凧が、足早に天国に向かう姿が見えるのではないかという気がして」

5 シューベルト・ピアノソナタOP.21
水野榮二、昭和十九年、三十五歳で没。

絡繹とつづける群にまじりゆきその日より額にかなしみ彫りぬ

かかる夕べのシューベルトさへうつうつと身にはめぐりてかがよへるなし

「かかる夕べのシューベルト」には、シューベルト最後のピアノソナタD960が相応しい。この曲を聴く時には指を触れてみるといい。額に聖別のあるかなきかを…。

6 ライナー・マリア・リルケ「対歌」
さらにこんな作品もあります。また、notes5、4 優しき歌 を参照。

薔薇にはほとんど自分が
ささえきれないのだ そのおおくの花は
みちあふれ
内部の世界から
外へとあふれでてゐる「薔薇の内部」より

7 三好達治「雪
雪…三好達治。昭和五年刊、処女詩集「測量船」所収。

「太郎次郎が青い鳥を探しあぐね、疲れて眠ってゐる。ところが、青い鳥は間違いなく炉辺に来て泊まってゐる。こんな説明は蛇足だが、ともかく雪はしんしんと降りつもる」
井伏鱒二 
Miles Davis (tp), Milt Jackson (vib), Thelonius Monk (p), Percy Heath (b), Kenny Clark (ds), Dec, 24, 1954. The Man I Love (take 1), (take 2).

ヴァイブの音は、しんしんとして降りつもる。 

8 フランクル「夜と霧
ドイツ強制収容所の体験記録。
「収容所という考え得る限りの最も悲惨な外的状態、また自らを形成するための何の活動もできず、ただできることと言えばこの上ないその苦悩に耐えることだけであるような状態…このような状態においても人間は、彼が自分の中に持っている愛する人間の精神的な像を想像して、自らを充たすことができるのである」

アヴェ・ヴェルム・コルプス K618…1791年作曲、モーツアルト最晩年。

9 マエストロすぎやまこういち
「ポラーノの広場」宮沢賢治作。
「ドラゴンクエスト」〈天空の花嫁〉のゲーム音楽より、THE OCEAN~MELODY OF LOVE、すぎやまこういち作曲。
だれにも歓迎されるあたたかく美しいメロディ…彼の作曲するドラゴンクエストシリーズの音楽を聴くと、すぅーっとしていい気分になれる。かうした音楽をこの現代において創り出すと言ふことは、その方面の素人の私たちの思つてゐる以上に、作曲家にとつて困難なことに違ひない。それを易々とやつてのける、すぎやまこういちといふ人は、もしかして天才なのではあるまいか。

10 アニタ・オディ「バークレイスクエアの夜鶯
E・マーシュウイッツ、M・シャーウイン作詞作曲。唄…アニタ・オディ。
I know 'cause I was there
That night Berkeley Square

「ANITA」このアルバムを聴きながらギネスのスタウト。私は最高におもふ。彼女がアイルランド系(と思う)だからではあるまいが。
私は白人ジャズシンガーを好む傾向があるが、黒人のカーメン・マックレーの唄う「アルフィー」には鳥肌の立つ思ひがした。CDではリリースされてゐない。検索したら「Carmens Gold」というLPに入ってゐるやうだ。
画の中のL 字路の角にある酒場へ行くと、アニタ・オディが「ナイチンゲール」を唄っているそうな。そのシティの名は、フォーサイド。

11 エリック・アンブラー「真昼の翳」
「やがてそれが、はっきりと、あのときの声になった。うめき、あえぎ、あらあらしい息づかい。おれは阿呆みたいに立ちすくんでいた。」(映画「トプカピ」の原作)

梗概
「アテネでいかがわしいガイド業を営む中年男アーサー・シンプソンは盗みの現場を発見され、ハーパーと名乗る男にこき使われる羽目になった。言いつけられた仕事は、一台のリンカーンをアテネからイスタンブールまで運転すること。弱味を握られたアーサーは車を駆ってイスタンブールに向かった。車の中に手榴弾や機関銃などの武器が詰めこまれているとも知らずに…。」
ハヤカワ・ミステリ文庫「真昼の翳」解説

彼はパスポートの期限切れのために国境でトルコ官憲に取り調べをうけ、車に隠した武器を発見され、トルコ当局にハーパー一味へのスパイ活動を強制される。かうして、アーサー・アブデル・シンプソンは、トルコ官憲とハーパーといふ両方の主人に仕へることとなつた。

現在アンブラーの小説は、あまり読まれていないやうだが、古書でなら手にはいるし、図書館の蔵書を借りるといふ方法もある。未読の人はぜひ一度手にとつてほしい。

12 E・T・A・ホフマン 石川道雄訳「家督相續異聞」
「あれから幾歳經たであらう。V・は既に墓に眠つてゐる。私は祖國を後に旅に出てゐた。独逸全土を吹きまくつた戰火の嵐が私を北方へ追ひ、遠くペーテルスブルグへ赴かしめた。其處からの歸り途、もうK・市にもほど遠からぬと思ふ頃、私の乗った馬車は眞暗な或る夏の夜をバルト海の岸邊に沿うて走つてゐた。不圖行く手の空に大きく輝いてゐる一つの星を見た。近づくにつれて赤く燃えてゐる焰によつて星だと思つてゐたのはなにか強い火焰であることが判つた。唯不思議なのはそれがそんなに高い空中に浮いてゐることであつた。
『おい君、あれはなんの火だい。』
と馭者に訊ねると、
『あれや火ぢゃありませんですよ、R・・城下の燈臺でさあ。』
R・・城!…馭者がその名を云つた途端に、その昔そこで過した不思議な因緣の絡むあの秋の日の事どもが、まざまざと眼の前に泛んで來た。男爵がゐる…ゼラフィーヌがゐる。
ー略ー
城へ行つてみると、見る影もない廢墟と化してゐる。銀松の林の中から出て來た年老いた農夫にいろいろ話を聞くと、城石の大部分は燈臺を築くのに使はれたのださうだ。又此の老人は嘗てお城にこんな怪しいことがあつたのださうだ、と云つて話して呉れてから、今でも、特に満月の夜には、城跡の石の中から氣味悪い悲しげな聲が聞こえることがあると云つた。

思へば哀れ、淺墓なローデリッヒ老男爵よ!そなたは悪魔を招いたのだ。それがため、末ひろがりに根を張ると思つて植ゑた木は、芽ぶいたばかりで枯れて了つたではないか。」

物語の背景は、嘗ての東プロイセン、現カレーニングラード北東部。語り手は、V・といふ老弁護士の又甥である。

「ホフマンは貴族の父親とその長男との不和のモティーフと、ふたりの兄弟の幼時にまで遡及する敵意のモティーフを頭に浮かべていた。」深田甫訳・ホフマン全集3「世襲権」作品解題

原題の「Das Majorat」を、石川訳は「家督相續異聞」、深田訳は「世襲権」としてゐる。私の好みは石川訳である。本文が歴史仮名遣ひであることもあり、引用文は石川訳を採用した。
また、この作品は、「Nachtstücke」といふ原題の作品集に収められてゐるが、石川はそれを「小夜物語」、深田は「夜景作品集」と翻訳してゐる。これも、私は石川訳をとる。本文はしかし深田訳が石川訳に劣るといふことはない。あくまで私の好みの問題である。

13 塚本邦雄「葛原妙子論あるいはロト夫人によせる尺牘」
「まことに彼女のその食後には空壜が立ち、遠い泪、わが眼の涙の膜にうつる一滴の氾濫として存在したのであらう。ただそれだけのことを心直く、何気なく一息に言ひおおせたのだ。まかりまちがつても、彼女は一首を以て他者の喫飯喫茶の儀式を侵し、祈禱に代へての口よせを試みる悪意はつゆさらもつてはゐなかつたはずである」

遠い昔、水中にゐた人間の祖先が陸上に這い出したときに、全身で受けとめた重力。その苦痛に耐へて歩を進めるうちに目ににじみでたものが、泪のはじまりであつた。
私達も母の胎内での無重力の安逸の夢を奪われ、体外に排出される。失楽園である。苦痛に泪をだし、泣き声をあげる。これからは、おんじきのために、ひたすら重力に耐へて生きるのだ。

ふとおもへば性なき胎児胎内にすずしきまなこみひらきにけり

一瞬のわれを見いづる父なく母なく子なく銀の如くを

14 中勘助「小品四つ〜折紙」
中勘助全集 第一巻 作者あとがき
「他日もし「銀の匙」の續篇が書かれることがあればこれらはその中にとり入れられるだらう」

明治四十五年作者二十七歳の時、妹やすは嫁ぎ先で病死した。二十三歳であつた。

「つぎの朝庭の赤い実のなる木に蝉のぬけ殻があつたのをよくみればそばにぬけたばかりのみんみんがぢつと休んでゐた。どこもかしこもまだみづみづしくうすい色をして、翅など白珊瑚と翡翠の骨組に水晶をのべてはつたやうなのが露にぬれてしつとりしてゐる。……
夜。葬式。寺の墓地は廣くて大鳥毛みたいな形をした銀杏の大木が五六本まつ黒にならんでゐた。妹の墓は實をもつたはぜの木のあひだにたてられた」「妹の死」より

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