中勘助「小品四つ〜折紙」

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折り紙
私はまたその妹とすごした海岸の夏をわすれたことはない。あの松原のなかで潮風の香をかぎ松をこえてくる海の音をききながら二人して折物をして遊んだとき、円窓のそとにはなぎの若木がならんで砂地のうへに涼しい紺色の影を落した。妹はふつくらと実のいつた長い指に折紙をあちらこちらに畳みながらふくふくした顔をかしげて独り言をいつたり、たわいもないことをいひかけたりする。つややかな丸髷に結つてうす色の珊瑚の玉をさしてゐた。桃色の鶴や、浅葱のふくら雀や、出来たのをひとつひとつ見せてはつづけてゆく。私は妹と向きあつてなんのかのとかまひながらやつとのことで蓮花とだまし舟を折つた。ここにあるひとたばの折紙はなつかしいそのをりの残りである。藍や鶸や朽葉など重りあつて縞になつた縁をみれば女の子のしめる博多の帯を思ひだす。そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、いつぞや妹と植ゑたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のやうにほのぼのと咲いた。この紫は螢草、螢が好きな草ゆえに私も好きな草である。私はこんなにして色ばかり見るのが楽しい。ぢつと見つめてゐれば瞳のなかへ吸ひこまれてゆくやうな気がする。やうやく筆の持てる頃から絵が好きで、使ひ残りの紅皿を姉にねだつて口のはたを染めながら皿のふちに青く光る紅を溶して虻や蜻蛉の絵をかいた。そののちやつとの思ひで小さな絵具箱を買つてもらひ一日部屋に閉ぢこもつてくさ草紙の絵やなど写したが、なにも写すものもなく描くものも浮んでこないときは皿のうへにそれこれの色をまぜてあらたに生れる色の不思議に眼をみはり、また濃い色を水に落して雲の形、入道の形に沈んでゆくのに眺め入つた。さてもこの綺麗な色紙はいつの日かまた妹の指に畳まれて鶴となり、ふくら雀となるであらうか。
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