E・T・A・ホフマン「家督相續異聞」

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家督相続

バルト海の磯辺の程遠からぬところに、フォン・R・・男爵家の居城で、人呼んでR・・城と云ふのがある。

千七百六十年の秋、或る暴風雨の夜のことである。宏大な城が、一時に全部崩れ落ちたかと思ふ物凄い衝撃が、R・・城の郎党たちの夢を破つた。
執事のダニエルは、ふと或る暗い予感がして階上の大広間へ上がつて行つた。此の広間の脇部屋には、城主ローデリッヒ・フォン・R・・男爵が、天文觀測を行ふときにいつも寝むことになつてゐた。此の部屋ともうひとつ別の小部屋との中間にある潜戸は、狭い廊下伝ひに天文台へ直に通ずるやうになつてゐた。ダニエルが此の潜戸を開いた途端に、轟とすさまじい嵐の咆哮とともに、砂塵や崩れ落ちた壁土が吹きつけて、驚いて後ろへ飛び退ると同時に、ふっと消えた蝋燭を燭台諸共床に取り落としながら、大声に叫んだ。
「おお、おいたわしや、殿には無殘な御最後!」
その時、男爵の寝室から人々の歎き悲しむ声が聞こえたので、ダニエルが這入つてみると、他の家僕たちは主人の亡骸のまはりに集つてゐた。いつにない立派な正装で、少しも変つてゐない面上に落付いた威厳を見せて、男爵は豪奢な肘掛椅子に、恰も重要な仕事のあとで、疲れを休めてゐるといつた塩梅で、腰を下してゐるのであつた。しかしその休息は、永遠の休息なのであつた。夜が明けると、塔の頂が崩れ落ちてゐるのがわかつた。

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