小泉信三「海軍主計大尉小泉信吉」

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小泉信吉
君の出征に臨んで言つて置く。
吾々両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしてゐる。僕は若し生れ替つて妻を択べといはれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶといふことが出來るものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ。人の子として両親にこう言はせるより以上の孝行はない。君はなほ父母に孝養を尽くしたいと思つてゐるかも知れないが、吾々夫婦は、今日までの二十四年の間に、凡そ人の親として享け得る限りの幸福は既に享けた。親に対し、妹に対し、なお仕残したことがあると思つてはならぬ。今日特にこのことを君に言つて置く。
今、國の存亡を賭して闘う日は来た。君が子供の時からあこがれた帝国海軍の軍人としてこの戦争に参加するのは満足であらう。二十四年といふ年月は長くはないが、君の今日までの生活は、如何なる人にも恥ずかしくない、悔ゆるところなき立派な生活である。お母様のこと、加代、妙のことは必ず僕が引き受けた。
お祖父様の孫らしく、又吾々夫婦の息子らしく、闘ふことを期待する。  父より
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