長谷川三千子「神やぶれたまはず」

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やぶれたまわず

歴史上の事実として、本土決戦は行はれず、天皇は処刑されなかつた。しかし昭和二十年八月のある一瞬…ほんの一瞬…日本国民全員の命と天皇陛下の命とは、あひ並んでホロコーストのたきぎの上に横たはつてゐたのである。
「通常の歴史が人間の意識に実現された結果に重点をおくとすれば、実現されなかつた内面を、実現された結果とおなじ比重において描くといふ方法」が、「精神史」の方法なのだ、と桶谷秀昭氏は言ふ。さうだとすれば、われわれの歴史が持つた、この「神人対晤」の瞬間は、精神史といふ方法によつてのみあらはれ出てくる性質のものである。ふつうの歴史家が、すべてここを素通りしていつたのも当然のことであつた。
しかし、精神史のうへでは、われわれは確かにその瞬間をもつた。そしてそれは、橋川氏の言ふとおり「イエスの死にあたる意味」をもつ瞬間であつた。折口信夫は、「神 やぶれたまふ」と言つた。しかし、イエスの死によつてキリスト教の神が敗れたわけでではないとすれば、われわれの神も、決して敗れはしなかつた。大東亜戦争敗北の瞬間において、われわれは本当の意味で、われわれの神を得たのである。

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