梶井基次郎「蒼穹」

きづつけずあれ c 神やぶれたまはず
梶井基次郎「蒼穹」
そんな風景のうへを遊んでゐた私の眼は、二つの溪をへだてた杉山の上から青空の透いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて來るのを見たとき、不知不識そのなかへ吸ひ込まれて行つた。湧き出て來る雲は見る見る日に輝いた巨大な姿を空のなかへ擴げるのであつた。
ー略ー
そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になつた杉山の直ぐ上からではなく、そこからかなりの距たりを持つたところにあつたことであつた。そこへ来てはじめて薄り見えはじめる。それから見る見る巨きな姿をあらわす。ー
私は空のなかに見えない山のやうなものがあるのではないかといふやうな不思議な氣持に捕へられた。そのとき私の心をふとかすめたものがあつた。それはこの村でのある闇夜の經驗であつた。
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