S・フィッツジェラルド「夜はやさし」

シモーヌ・ヴェイユ 0 ボーイの季節
夜はやさし

既にして汝と共にあり 夜は優し
されど此所には光なし
在るのは唯、天より微風と共に吹かれくるもの
緑滴る闇を縫い、うねり苔生す径を抜ける仄かな明りのみ

夜鶯に寄する頌歌:John Keats

「抱いて」
「抱いてって、寒いのかい?」
驚きで彼は凍りついた。
「さあ、して」ローズマリーが囁く。「ねえ、お願い、して、みんながするあれよ。好きになれないかもしれないけど、別にかまわない…好きになれるなんておもったこともないし…そんなこと考えるのもいやだったけど、でもいまはいやじゃない。あなたにしてほしい」
ローズマリーは自分に驚いていた…こんなことが言えるなんて、いまのいままで考えたこともなかった。修道女のごとき生活をしてきたこの十年のあいだに、本で読んだこと、眼にしたこと、夢見たことを、総動員しているのだった。
「これはあってはいけないことだよ」ディックがゆっくりと言う。
「だめ、いまじゃなきゃだめ。いまあなたにしてほしいの、抱いて、教えて、あたしはすっかりあなたのものだし、そうなりたいの」
だめだ、とディックは言った。
「たまたまそういう気分になっているだけだよ」
ローズマリーはいまかいまか息を弾ませて待っている。ディックは続けた。
「とにかくこの件は」
「どうせだめだってわかってた」ローズマリーはすすり泣いている。「はかない望みだったのよ」彼は立ち上がった。
「ぐっすりおやすみ。こんなことになって残念だよ。とにかく、これはなかったことにしよう」よく眠れるように、短いおまじないをふたつほど教えてやった。「これから先、多くの人が君のことを愛するだろうし、気持ちの部分も含めて、まっさらな状態のまま初恋の人に出会うというのはすばらしいことなんだよ。こんなのは古い考え方だと思うだろう?」ローズマリーは顔を上げた。ディックがドアのほうへと一歩踏み出す。その頭の中がどうなっているのか皆目見当もつかないまま、ローズマリーは彼を見つめた。まるでスローモーションみたいに、もう一歩。そこで振り返り、再び彼女を見る。その瞬間、ローズマリーは彼を腕に抱き、むさぼり尽くしたいと思った。手がドアノブに触れる。そこで彼女はあきらめ、再びベッドに沈み込んだ。

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