K・イシグロ「わたしを離さないで」

草の竪琴 c ノンちやん雲に乗る
わたしを離さないで

何エーカーもの耕された大地を前に立っていました。柵があり、有刺鉄線が二本張られ、わたしの立ち入りを禁じています。見渡すと、数マイル四方、吹いてくる風を妨げるものは、この柵と、わたしの頭上にそびえる数本の木しかありません。柵のいたるところにー特に下側の有刺鉄線にーありとあらゆるごみが引っかかり、絡みついていました。*snip* わたしは一度だけ自分に空想を許しました。半ば目を閉じ、この場所こそ、子供のころから失いつづけてきたすべてのものの打ち上げられる場所、と想像しました。いまそこに立っています。待っていると、やがて地平線に小さな人の姿が現れ、徐々に大きくなり、トミーになりました。トミーは手を振り、わたしに呼びかけました…。空想はそれ以上進みませんでした。わたしが進むことを禁じました。顔には涙が流れていましたが、わたしは自制し、泣きじゃくりはしませんでした。しばらく待って車に戻り、エンジンをかけて、行くべきところへ向かって出発しました。

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