トルーマン・カポーティ「真夏の航海」

L C R
真夏の航海
グレディの頭文字がついた、コネチカット・ナンバーの車は、青いビュックのコンバーチブルで、駐車場の最後列にとめてあった。車を何台か覗き込みながら、彼女はそのうち彼が見つかるだろうとおもった。
クライドは車の中で眠っていた。車の屋根は降ろされており、バックシートに潰れたように眠っていたので彼女はそこに来るまで彼を見つけることができなかったのだ。ラジオからはその日のニュースが流れ、彼の膝の上には探偵小説が開かれたままだった。
愛する人の眠りを見ることは魔法のひとつである。見返されることも、気取られることもなく、甘美な時の間、彼の心を抱きしめる。無力だけど、彼がすべてで、そして、際限なく男の純粋さや子供のようなやさしさを感じるのだ。
グレディは車にもたれかかってクライドを覗き見た。彼女の髪が目の上に落ちた。
彼女が見た若い男は、二十三歳くらいでは、よくあるタイプだった。特別ハンサムでもなく、不器量でもなかった。ニューヨークを歩いていると、彼に似たような男はいくらでもいた。ただ、クライドは外で働いているので、一番風雨に晒されているはずだ。均整のとれた体格で、しなやかな雰囲気があった。小さくカールした黒髪はペルシャン・ラムの上品な帽子のようで、彼に似合っていた。鼻がわずかに曲がっていて、田舎育ちの赤ら顔もあって、ある種の頭の回転のよさがうかがえたが、大げさにいうと、男臭さがあった。
クライドのまぶたが震えた。
グレディは自分の指の間から彼の心がこぼれ落ちていくのを感じながら、今に目が開くのだと緊張した。
「クライド」
彼女は囁いた。
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