アレクサンドリア四重奏ークレア

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アレキサンドリア四重奏ークレア
時おり、夕暮れ時に、彼女がカフェの小さなペンキ塗りの木のテラスにひとり腰かけて、ぼんやりと宙を見ているところにぶつかったりした。写生帖が閉じられたままで前に置いてあった。彼女は鳴き兎みたいに静かに座っていた。こんなとき、木の手摺を跳びこえて彼女を腕に抱きしめたりしないためには、あらゆる自制力が必要だった。このいじらしい些末事が、あまりにも鮮やかに彼女への思いを燃え立たせるように思われた。彼女があまりにも子供っぽく、のどかなように思われた。忠実で熱烈な恋人クレアのイメジが僕の目の前に浮かびあがり、不意に別離が耐えがたく思われるのだ!逆に僕の方が不意に(公園のベンチに腰かけて本を読んでいるときなど)冷たい手で眼を覆われることもあった。そんなとき僕はいきなり振り向いて彼女を抱きしめ、糊のきいた夏服を通して彼女の体の香りをもう一度吸い込むのだ。
また別の折には、しばしば、ちょうど僕が彼女のことを考えているときに、奇跡的に部屋の中へ歩みいりながら、「あなたが呼んでいるような気がしたのよ」とか「不意にあなたが欲しくてたまらなくなったの」とか言うのだった。このような出会いには息がとまるほどの鋭い甘美さがあった。
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