池澤夏樹「きみのためのバラ」

ノルウエイの森   わが悲しき
きみのためのバラ
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誰か待っているの?
おばあちゃん、すぐ来るって言っていたのに
きれいな顔だ、と思った。でもこの子は自分がきれいだと気づいていない。だからこんなに無警戒なのだ。彼はこの子に惹かれた。誰かが歩いている音がした。
おばあちゃん、遅いよ!
乗車口のところへ行って、まずおばあちゃんが乗るのを待ち、次に少女が乗るのを待ち、それから二つの荷物を渡した。
彼女はまたにっこり笑った。この笑いにぼくはつかまっているんだ、と彼は思った。
ありがとう
きみ、なまえは?
メレディオス。あなたは?
彼の方は何も言うことがなくなってしまって、アスタ・ルエゴ また会おうね、とあてのないことを言って、歩き出した。ともかくあの顔を忘れないようにしなければ。
ずいぶん走ってから、汽車が駅に停まった。ホームの隅にバラを売っている男がいた。彼はバラを一本買った。男は新聞紙でバラをくるみ、フェリシダーデス!祝福を! といって彼の手にそれをあずけた。
汽笛が鳴った。彼はバラを手に立ち上がった。車内を行くしかない。ええと、これで何両分来たんだろう。そう思いながら次の客車に入ったとき、いきなり彼女の顔が視野に飛び込んできた。彼女の方も彼を見つけて笑った。
Una rosa para ti きみのためのバラ、といって、黄色い花を彼女に差し出した。
グラシアス
そう言ってレメディオスはバラを受け取った。
じっと顔を見て、これから百年でも忘れないという気持ちで彼女の顔を見て、アスタ・ルエゴ またね と小さな声で背を向け、ここまで辿ってきた困難な道を戻りはじめた。
同じ言葉を彼女に向けて二度使った。一度目はそのとおり実現したけれど、今度はもう会うことはないとわかっていた

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