ノアイユ夫人〈西班牙を望み見て〉

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西班牙を

乾きし庭の面に日は照りて、夕立にうたれるダリヤの初花は、緑なす長き茎を白き家の壁に倚せかけたり。海はとどろきわたりて、若き牧神のごとく吹く風は、其の手に押ゆる衣を剥ぎて、路上に若き女を辱めんとす。あたたかく、うつらうつらと暮れて行くバスクの里の夕まぐれ。われは彼方に、忽如として入り日に染まりかがやける。怪異なる西班牙をこそ望みたれ。

地平線の上に腕を長くさしのべなば、われは燃ゆるかの土と紅色の石榴とに触れもやせん。金光燦爛たる国土かな。鳥飛ばす、曇りもせず、色もあせざる空の下。乾きて黄きトボソの谷の、身も焼けぬべきそぞろ歩きよ。唐辛の紅色と、黄橙の焰の色に、絹の衣装を染めなして音騒しき西班牙の、いらだつ舞ひのとどろきや。又われは聞かずや。血まぶれのトルバドル 華美ないさみの若者が、屠る牡牛にアレエヌの桟敷も崩れん叫び声。

トレド アンダルジイの國々よ。燃上る其の聲もなき狂熱を、君いづこよりか齎せし。おそろしき癡情の狂ひかな。いとし男の血に渇きたるパヂファエは、命あらばさぞと覺ゆる壯漢が、刺されて流す血に酔ひて、情欲と恐怖の身ぶるひに、快楽と敬神の念ひを合わせ味ひしが。

わが身はここに仏蘭西の、やさしき大気の中につつまれて、心おどろき胸重し。ほほゑめる静けきバスクの山と水。雲は集まりて、ゲタリーのいただきに息へり。われロドリグを思ひ、聖女テレズを思ふ。さはやかなる匂ひを帶びて夕暮れは、影と光に色ある砂を混ずるとき、甘きタマリの一株に並びたる、けはしき山のうしろより、イランをさして行く汽車の響きの聞こえたり。

神聖なる西班牙。ああ今宵われ、君得まく思ふ心の乱れに耐へぬかな。

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