永井荷風「あめりか物語〜六月の夜の夢」

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永井荷風「あめりか物語」
この島に引移つてから丁度一週間目の夜の事である。自分は例の如く黄昏の浮洲を眺め飽した後、家の方へ歸り行くとも心付かず、足の導くがままに元と來た草徑を辿つて岡の麓まで來た。
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…其の時突然前なる小山の上の一軒家からピアノの音につれて若い女の歌ふ聲が聞えた…。
自分はハツとばかり耳を澄ましたが、するとピアノの調は露の雫の落ちて消ゆるが如く消え失せ、歌も亦ほんの一節、つれづれの餘に低唱したものと見えて、途絶えたなり、後は元の明く蕭然な夏の夜であつた。
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歌はもういくら待つて居ても、二度聞える望はない。木陰を洩れる窓の灯が不意と消えた、かと見れば、二聲ばかり犬の吠る聲、つづいて垣根の小門をカタリと開る音がした。
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