レイモンド・チャンドラー「プレイバック」

海やまのあひだ   音と匂
プレイバック

彼女は私の腕の中で啜り泣きをはじめた。
女にはわずかな武器しかない。だが、そのわずかな武器が奇跡を生み出す。
私は彼女をかたく抱きしめた。

いくらでも泣くがいい、ベティ。気の済むまで泣くといい。ぼくが、ぼくがもし…。

そこまでしか言えなかった。彼女は体をふるわせて私にしがみつき、唇と唇とがあうところまで私の顔をひきよせた。

他に彼女がいるの?

彼女は私の歯のあいだから低い声で訊いた。

いたこともある。

特別な女のひとよ。

一度だけいた。わずかな間だった。しかし、もうずっと昔のことだ。

もっと抱いて、私はあなたのものよ、私のすべては、あなたのものよ。

homegallerynotes 「プレイバック」〜23章
home
notes11
gallery11