海やまのあひだ

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海やまのあひだ
ゆくりなく訪ひしわれゆゑ、山の家の雛の親鳥は、くびられにけむ
鶏の子の ひろき屋庭に出でゐるが、夕焼けどきを過ぎて さびしも
折口信夫・第一歌集「海やまのあひだ〜島山」

山深い家の、がらんと広い庭に出てひっそりと餌をあさっている数羽の鶏の雛の動きが、さっきから妙に気になっている。何かあるべきものが欠けた、もの足りない思いがして、さっきまで染まるような赤さに夕焼けていた山の上の空が急に色あせてゆくにつれて、その思いが深いさびしさに変わって身に迫ってくる。めったに人の訪ねてくることもない山の一軒家に、道に行き暮れた自分が思いがけず一夜の宿を乞うたために、この小さな一家族とそこに飼われている生き物の上に、予測もしなかった変化を生じさせたのではないかという思いが、夕闇の気配の濃くなるとともにじわじわと身をつつんでくる。
ああ、そうだった。さっきから気になっていた思いが、急にとけた気持ちになったのは、あたりがとっぷりと昏れはてて、家びとの立ち居のさまが身近に感じられるようになった時だった。さっき、この家のあるじが家の裏手であたふたと動いていたのは、あれは突然の来訪者のための俄かな馳走のこしらえをしていたのだと思い当った。夕陽の庭で頼り無げなさまでひよひよと鳴いていた雛鳥の親は、あの時に家の裏手でくびり殺されたのであったろう。旅人の自分がこの山の家にもたらしたものは、こんな災厄であったのだろうか。
homegallerynotes 岡野弘彦「折口信夫伝」
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