九鬼周造「音と匂」
今日ではすべてが過去に沈んでしまつた。そして私は秋になつて、しめやかな日に庭の木犀の匂を書斎の窓で嗅ぐのを好むやうになつた。私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。さうすると私は遠い遠いところへ運ばれてしまふ。私が生まれたよりももつと遠いところへ。そこではまだ可能が可能のままであつたところへ。
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