ドビュッシー〈ビリティスの三つの歌〉

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ビリチスの歌

一 笛
ヒヤサンティイのお祭りのため、あの人が贈つて呉れた パンの笛、
見事に削つた蘆の莖、白鑞で鍊りつけられて、脣に 當てれば甘く、
蜜のやう。

あの人の膝に坐つて、吹き方を教はりながら、妾はすこし顫へてゐる。
妾の背なかで、あの人が吹く。聞きとれぬほど なごやかに。

なんにも語り合ふことがないほど ふたりは氣が合つて、寄り添つてゐる。
けれども ふたりの歌だけは 互に應へやうとして、かはるがはるにふたりの口は、蘆笛の上で 一つになる。

もう晩い。夜と共に 青蛙の歌が始まる。失くした帶を探すのに
こんなに長くかかつたと、母さんはなかなか信用なさるまい。

二 髪
あの人は妾に言つた。〈ゆうべ私は夢を見た。お前の髪を 私は頸に卷いてゐた。頸筋のまはりと胸に、お前の髪を 黒色の頸環のやうに 卷いてゐた。

私は髪を撫でてゐた。さうすると、それは私の髪だつた。口と口とを合せたまま、同じ髪で永遠に ふたりは結へられてゐた。たとへば二本の月桂樹が 一つの根から生えてゐるやう。

手も足も 互いに縺んでゐたために、次第次第に朦朧と 私がお前に成つたやう、それとも、お前が私のなかに 私の夢をそのままに 沁み入るやうに思はれた〉

話し終つて、あの人は しづかに肩に手を置いて、じつと妾に眼を据ゑた、その眼ざしの優しさに、思はず顫へて、眼を伏せた。

三 ナイヤアドの墓
氷の花に蔽はれた 森沿いを 歩いて行つた。口のあたりに髪が垂れ、小さな氷片を 花と咲かせた。サンダルは 泥まじりの雪で重かつた。

あの人は言ふ、〈何を探すの〉〈半獸神の足跡を尾けてゐるのよ。叉のある小さな足跡が、白雪のマントの上に 穴を穿つて續いてゐるの〉
あの人は言ふ、〈半獸神は 死んでしまつた。

半獸神も、ナンフも一緒に。三十年來 このやうな嚴しい冬は來なかつた。この足跡は 山羊の足跡。けれど 御覽よ、ここが墓場だ〉

あの人は 鍬の刃先で、昔 ナンフのナイヤアドが、微笑んでゐた泉の氷を打ち割つて、冷たい破片を手に執つて、灰色の み空の方へ差し上げて、ためつ透かしつ 眺めてゐた。
 
ピエール・ルイス 詩、鈴木信太郎 譯

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