藤原隆信「平重盛像」 |
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人の絵姿を、「影(えい)」または「御影(みえい)」というのは、そこに身体から遊離した「たましひ」の所在を認めたからであろう。画像それ自身が、「影(えい)」なのだから、日本の画像は「影(かげ)」を描くことがない。言わば「影」に「影」を重ねることは考えなかった。 一口に言えば、「影」とは「たましひ」を意味した。日本の肖像画は、その「かたち」、外貌を超えて、「たましひ」、あるいは内面におけるあるものを捉えようとする。「影」とはそのことの意味で使われているのだろう。 山本健吉「いのちとかたち」 |
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