洲之内 徹「気まぐれ美術館・美しきもの見し人は」

l c まりン
気まぐれ美術館

田畑あきら子の素描は、私には非常に勉強になった。線とは何か、線というものをどう考えたらよいかが解ったような気がした。画集で想像していたのとは反対に、実物で見ると、彼女の線は非常に緩やかで、速度が遅い。線に加速度がない。鉛筆が紙に触れて行くその一瞬毎を、画家が明晰に意識している線である。物を再現的に描くのとちがって、不定形のイメージをそのままの姿で絡めとろうとする彼女の線は、却っていっそう、そのイメージに密着しようとして、自らに正確さを要求するのだろうか。

おそらく、彼女の抱いているイメージは、容易なことでは画面に定着しないのだろう。フォルムがなかなか画面に出て来ない。彼女の場合、イメージと言っても、それは、どういう具体的イメージへも変っていける原イメージの如きものであり、それ自身絶えず変形し続けているのだから、それを定着し、明示化しようとすれば、結局、描いては消し、描いては消しを繰り返すことになる。

もともと、彼女は持続的で堅固な美的世界の構築など考えてはいないのだ。しかし、だからこそ生き残った彼女の作品の、なんという夢のようなとりとめのなさ、なんという優しさと激しさ、なんという美しさであることか。

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