ショーソン:愛と海の詩

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愛と海の詩

水の花

大気は香しいリラの薫りにみちあふれ
石垣の上から下までいつぱいに咲き乱れた花々は
あたかも女の髪のにほひにも似て
海は輝きわたる太陽にいまや燃えつくさんばかり
そして波はまばゆくきらめきながら
細やかな砂に口づけに寄せてはかえす

おお彼女の眼の色を映す大空よ
花咲くリラの中を歌ひながら吹きわたり
かぐわしい薫りをただよわせるそよ風よ
彼女の服を濡らす小川の流れよ
おお彼女のかわいらしい足もとで
身をふるわせる緑の小道よ
私をいとしい恋人に会はせておくれ

あの夏の朝私の心はおきあがつたのだつた
何故ならひとりのすてきな女が浜辺で
そのまぶしいばかりの視線を私の上にめぐらせ
やさしくはにかんだ風情で私にほほえみかけてきたのだつた

青春と恋によつて姿を変へられたお前は
まるで万物の魂のように私の前に現れたのだ
私の心はお前の方へ飛んでいきお前はそれを
しつかりとつかんで放さなかつた
そして半ば雲にかくれた空から私たちの上に薔薇の花の雨が降りおちた

ああ今や別れの時を告げやうとする響きの
何といふ辛さそつけなさ
浜辺に打ち寄せてはかへす海はまるで嘲るように
今が別れの時だといふことなど
殆ど気にもとめてはゐなかつた

鳥たちは翼をひろげて何だかうれしさうに
淵の上を飛んでいく
輝きわたる巨大な太陽に照らされて海は緑色に光り
私は輝く大空を見つめながらただ黙って
血を吐くやうな思ひをかみしめるばかり

自分の生命が波の上を次第に遠ざかつて
いこうとするのをじっと見つめて
私のたつたひとつの魂は奪い去られてしまつたのだ
だが、波の陰うつなざわめきが
私のすすり泣く声をかき消してくれる

いったいこの残酷な海はいつの日か
彼女を再び私の心に連れ戻してくれるだらうか
私の眼差しはじつとそこに注がれたまま
海は歌い風はまるでからかうやうに
私の心の苦しみををあざ笑う

愛の死

やがて喜びあふれる青色の島が
岩々の間から私の前に姿を現わし
静まりかへる水面の上で
水蓮のやうにただようだらう
紫の水晶のやうな海を渡つて
小舟はしずかにすべり行き
私はやがて
さまざまな追憶に
喜びや悲しみにふけるだらう

風に枯葉が舞いまわっていた。私の思いもまた
夜の闇の中で、枯葉のように舞いまわる
霧のしずくをこぼす、無数の金色のばらの花が
まっ暗な空にあんなに輝いていたことはかつてなかった

枯葉はちりぢりになつて金属的な音を立てながら
恐ろしい円舞曲を踊つてゐた
そして星空の下でうめくやうに
過ぎ去つた愛の名伏しがたい恐怖を物語つてゐた
月の口づけを受けて銀色に光る巨大なぶなの樹々は
まるでお化けのやうだった
そして私は愛する恋人が奇怪な微笑をうかべるのを見て
血も凍る思ひだつた
私たちの顔はまるで死人のやうに蒼ざめてゐた
そしておし黙つたまま、彼女の方に身をかがめて
彼女の大きな瞳の中に読みとることが出来たのは
そこに書かれたあの宿命的な一語だつた…忘れ去ること

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