モーリス・ラヴェル「ダフニスとクロエ」

l c きづつけずあれ
ダフニスとクロエ

私はラヴェルの音楽に特別な親近感を懐く。人工的で冷たいなどといふ評価をする人は、瑞西の時計細工と揶揄されがちな、精緻な作曲技法の仮面の下に隠された、純粋で傷つきやすく、何時までも子供時代を忘れぬ彼の本質を見落してゐるのであらう。ラヴェルと私の間には、ショパンと私との間にある、薄くて透明な、固い壁はない。

私が初めて聴いたラヴェルの作品は、「ダフニスとクロエ・第2組曲」であつた。目の前に見たことのない美しい風景がひろがつた。
偶々スイッチを入れたラジオから、「ダフニスとクロエ」が流れ出したのである。朝日に匂ひ、露で輝く花や草でいつぱいの草原が、極彩色で目前に現れた。一種の幻覚であらう。音楽を聴いて目の前に幻覚が現れたのは、このとき唯一度きりである。そのおかげで精神病院に入らずに現在の私がある。

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