西行、そしてモーツァルト

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西行

風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな

西行がこれを、自賛歌の第一に推したという伝説を、僕は信じる。ここまで歩いて来た事を、彼自身はよく知っていた筈である。「いかにかすべき我が心」の呪文が、どうして遂にこういう驚くほど平明な一楽句と化して了ったかを。この歌が通俗と映る歌人の心は汚れている。一西行の苦しみは純化し「詠人知らず」の調べを奏でる。人々は、何時とはなく、ここに、「富士見西行」の絵姿を思い描き、知らず知らずのうちに、めいめいの胸の嘆きを通わせる。西行は遂に自分の思想の行方を見定め得ななった。しかし、彼にしてみれば、それは、自分の肉体の行方ははっきりと見定めた事に他ならなかった。
小林秀雄

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