川端康成「眠れる美女」

わが悲しき   君看よ
眠れる美女

老人のからだは娘のどこにもふれてゐなかつた。娘のあたたかみとやさしい匂ひのなかに、幼いやうにあまいめざめであつた。娘はこちらを向いてくれて寝てゐた。こころもち頭を前に出して胸をひいてゐるので、うひうひしく長めな首のあごのかげにあるかないかの筋が出来てゐた。長い髪は枕のうしろまでひろがつてゐた。きれいに会はせた娘の唇から江口老人は目をそらせて、娘のまつ毛と眉をながめながら、きむすめであらうと信じると疑はなかつた。江口の老眼には、娘のまつ毛も眉もひとすぢひとすぢは見えない近さにあつた。うぶ毛も老眼には見えない娘の肌はやはらかく光つてゐた。顔から首にかけてほくろ一つなかつた。老人は夜半の悪夢なども忘れて、娘が可愛くてしかたがないやうになると、自分がこの娘から可愛がられてゐるやうな幼ささへ心に流れた。娘の胸をさぐつて、そつと掌のなかにいれた。それは江口をみごもる前の江口の母の乳房であるかのやうな、ふしぎな触感がひらめいた。老人は手をひつこめたが、その触感は腕から肩までつらぬいた。

隣の部屋の襖のあく音がした。

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