津村信夫「父が庭にゐる歌」

ムーンリバー   反り橋
父が庭にゐる歌

父を喪つた冬が
あの冬の寒さが
また 私に還つてくる

父の書斎を片づけて
大きな写真を飾つた
兄と二人で
父の遺物を
洋服を分けあつたが
 ポケットの紛悦は
そのままにして置いた

在りし日
好んで植ゑた椿の幾株が
あへなくなつた
心に空虚な部分がある
いつまでも残つてゐる
さう云つて話す 兄の聲に
私ははつとする程だ
父の聲だー
そつくり 父の聲が話してゐる
私が驚くと
兄も驚いて私の顔を見る

木屑と 星と 枯れ葉を吹く風音がする
煖炉の中でも鳴ってゐる

燈がともる
云ひ合わせたやうに
私達兄弟は庭の方に目をやる
(さうだ いつもこの時刻だつた)
あの年の冬の寒さが
今、庭の落ち葉を静かに踏んでくる

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