ベートーヴェン「ピアノソナタOP.111」

ケース・スタディ・ハウス   幼年時代
ソナタ作品111
近年は、これをきいていると、言いようのない悲しみを感じるようになってきた。何も、不幸だというのではない。静かな品位がそこにあるのだから。むしろその品位が忍従の深さをきくものに想わせ、悲しみをさそうのであろうか?それはまた、私たちが純潔なものにぶつかった時、感じるあの由来のよくわからない「悲しみ」に似ていなくもない。
私は、ある時、私のこの印象に近い文章を見たことがある。私は、自分は一生こういうふうな書き方はしないだろうと考えながら、しかし、それに惹かれながら読んだものだった。
「これ〔変奏曲の主題のアリエッタ〕は平静な声部誘導の旋律であり、無限の悲哀にみち、たったひとつの長い嘆息のように、くりかえしやって、姿をあらわす…ここで語っている心は、自分が不幸だと告げているのではない。それはただ、幸福は不可能だといっているのであり、その諦念の中に安らぎを見出しているのだ」

吉田秀和・ベートーヴェン「ピアノソナタハ短調作品111」
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