スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」

l c 金の輪
スコット・フィッツジェラルド「冬の夢」
夢は消えてしまったのだ。何かが彼の内から持ち去られてしまった。一瞬の混乱におそわれて、彼は両手の手のひらをはっと自分の両目に押し当てた。そしてシェリー・アイランドの岸辺を打つ波を、月光に照らされたベランダを、ゴルフ場を彩ったギンガムのドレスを、からりと乾いた太陽を、そして彼女の首筋の柔らかな黄金色のうぶ毛を思い浮かべようとした。彼の口づけに濡れたその唇を、メランコリーに彩られたその悲しげな瞳を、朝を迎えたときの彼女の、新しい上質のリネンのようにまっさらな姿を。ああ、それらはもうこの世界には存在しないのだ!かっては存在した。そしていまはもう存在しない。
この何年かで初めて、涙が彼の頬をつたった。でもそれは今では、自らのために流される涙だった。口も瞳も動き回る手も、もうどうでもよかった。どうでもいいことにはしたくなかったが、今となってはどうでもいいことだった。彼は既にそこをあとにしていたし、再び戻ることもかなわない。門は閉ざされ、日は没してしまった。そこにある美しさといえば、身じろぎひとつしない鋼鉄の、灰色の美しさだけだった。かっては抱けたはずの悲しみでさえ、背後の土地に置き去りにされていた。幻想と、若さと、生きることの実りに彩られ、冬の夢が豊かにはぐくまれたあの土地に。
「ずっと昔」と彼は言った、「ずっと昔、僕の中には何かがあった。でもそれは消えてしまった。それはどこかに消え去った。どこかに失われてしまった。僕には泣くこともできない。思いを寄せることもできない。それはもう二度と再び戻ってはこないものなのだ」
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