ラヴェル「ピアノ三重奏曲イ短調」承前

ヴァントゥイユ邸   ロトの墓
ヴァントゥイユ邸

上掲の絵で、銃眼のやうな窓の様子は窺えると思ふ。この家の設計に関してヴァントゥイユは何一つ注文をつけなかつたさうである。私がこの図面を初めて建築家から見せてもらつたとき、図面の下の方の奇妙な斑点模様(ヴァントウイユ邸の項参照)に気づき、質したところ、作曲家はこの設計を見てこの図面だうりでよいと言ひ、今書いてゐる曲はこんな風なんだと、この模様を書き込んださうである。その曲とは、この設計図の作成年代からして、ピアノ三重奏曲イ短調のことと思はれる。出征を前にしてたつた三週間で書き上げた作品である。この曲を聴けば、ヴァントゥイユのことを作曲技術を玩ぶ細工師で、その作品は内容空疎な玩具のやうなものといふ批判が、どんなに的はずれであるか解る。特に第三楽章は、自分自身へのレクイエムであらう。彼は身体的にハンディを持ちながら、任務を全うした。彼の作品は彼の心を明瞭に表している。ただ彼は自分と自分を取り巻く世界との間の、ある種の折り合いの悪さをいつも感じていたと思はれる。それが彼の場合は作曲の原動力であつた。

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