水村美苗「本格小説」

  浄きまなじり
本格小説
「ずっと殺したいと思っていた」
「なにしろ怖かったの、寂しかったの」
「殺せばよかった」
二人ともそれぞれの思いの水面下に潜りこんでしまったようで、またしばらく沈黙がありました。
よう子がふいにちいさく叫びました。
「ああ、なんて幸せだったんだろう」
太郎の腕に必死でかじりつくと、少し上体を起こし、太郎の顔をしたから覗きこみます。
「あたしが死んでも、殺したいって思い続けてちょうだい」
「僕が死んだって、殺したい」
太郎はまた深々とベッドの上に覆い被さりました。
「ああ、なんて幸せなんだろう」
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