大岡昇平「花影」

サラダ記念日   松の針
花影
「吉野へ行ったってことは、行かなかったよりいいわ」
と、葉子はいったことがある。 自分を忘れることはあっても、吉野は忘れないであろう。 二人で吉野に籠もることはできなかったし、桜の下で死ぬ風流を、持ち合せていなかった。 花の下に立って見上げると、空の青が透いて見えるような薄い脆い花弁である。
日は高く、風は暖かく、地上に花の影が重なって揺れていた。
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