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2023.09.25「noblesse oblige」 乃木が挑んだ道は、いわゆる武士道よりも、格段に厳しいものだった。武士は、みずからに戦うことを課している。武士として戦うものは、みな志願した戦闘者だ。 明治維新以後、江戸時代までの「noblesse oblige」を重んじる武士は、士族といふ階級になつた。ひととなりに於いては共通するものはないが、士族といふ一筋の糸で、乃木と小泉新吉はむすばれてゐる。現在の日本は、この二人を含め庶民に至るまでの、数多くの犠牲の上に築かれたことを忘れてはならない。 2023.08.30「運命の力」 映画〈四月物語〉をとりあげた時、思ひがけない展開で、伊丹に辿りついた私は、久しぶりに彼の最初の著書「ヨーロッパ退屈日記」を拾い読みした。六十年前に書いた本だから、大英帝国といふ活字が所々見受けられ、今となつては少しばかり古臭い。 「スポーツカーにのり、風に向つてオペラ〈運命の力〉を力一杯歌う」 運命の力に真正面に立ち向かふ決意の表明だつたのかもしれない。どの随筆、エッセイ集に載つてゐたものか、或いは雑誌のコラムかはつきりしないが、これを読んでイタリアオペラに興味のない私が、マリア・カラス主演〈運命の力〉のLPを買つて聴いたことがある。このオペラの初演は、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で、登場人物は全て死ぬ。主人公のアルバロは世を呪ひ、崖から身を投げて叫ぶ。 私は伊丹の著書を五冊もつてゐる。どれも随筆、エッセイ集である。今読み返しても、此れだけの文才があり、俳優として内外の映画に出演し、映画監督としても良作をものし、充実した人生をおくつてゐるかに傍目にはみえたが、最後まで、彼は自己肯定感のうすいひとだつた。それは父親から自分の存在を認められなかつた事に起因する。 「お父さんの話で忘れられない話があったなあ。結核で臥せっていたでしょ、いつも不機嫌だったそうです。ふつうの親のようには子供をかまえなかったみたいでね、戦争中、伊丹少年が一人で木を削って模型飛行機を作った。イギリスのデ・ハビランドの双胴の飛行機。伊丹少年は気に入って一生懸命つくったわけです。私も飛行機好きだったから、『へえ、あれ作ったんですか』って感心して聞いたんです。そうしたらね、伊丹さんがちょっとまぶしそうな表情で言うんです。『ところがね、佐藤さん。親父は何が気に入らなかったのか、こんなものが飛ぶわけないだろうって足で踏みつぶしたんだよ』って」 彼は自分で自分に鞭を入れて走り続けるしかなかつた。それが或る時、ふと立ち止まる。自分の中で、何かぷつんと切れる。走り続けてきたけれど、ここいら辺かな、‥‥もういいだらう。 「伊丹のいいところは、人間としての無類の優しさにある。そうして、その優しさから生ずるところの『男らしさ』にある。いつだって、どんなことだって彼は逃げたことがない。私は、彼と一緒にいると『男性的で繊細で真面な人間がこの世に生きられるか』という痛ましい実験を見る思いがする」 2023.06.11「宮澤賢治といふブラックホール」 詩は裸身にて理論の至り得ぬ堺を探り来る 賢治は、その〈決死のわざ〉によって、天の見なれない部分に目をこらし、想いをこらした。そしてまさしく理論にさきがけて、銀河の中心に巨大な天の穴があると直感したのである。それは半世紀を経た一九八五年、カリフォルニア大学のノーベル賞物理学者チャールズ・ダウン博士が、銀河の中心に内径十光年のガスの渦巻きリングがあり、内側のガスが外側よりずっと早く回転していることを発見して、渦巻きリングの中に巨大な、太陽の四百倍の質量をもったものがある、と発表したものの予見であった。重力によってこれほどの質量が押しこまれているものは、ブラックホール以外には考えられない。 〈あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ〉カムパネルラが天の川のひととこを指しました。ジョバンニはそつちを見てまるでぎくつとしてしまひました。天の川の一とこに大きなまつくらな孔がどぼんとあいてゐるのです〉 〈あそこの野原〉は、ブラックホールの彼方にみえたのだろうか?もしそうなら賢治は、〈ほんたうの天上〉も、カムパネルラの母親が行った〈彼岸〉も、ブラックホールの彼方、そらの孔の向こうにあると考えていたことになる…」 賢治といふ巨大な存在にとつて、保阪嘉内は数多の業の花びらのひとひらに過ぎない。賢治と保坂との交友を強調したNHKの番組は、LGBTの風潮に悪乗りしたのではないかと疑はれてもしかたあるまい。それはそれとして、この番組で、「業」といふ言葉を中心にして、父政次郎と賢治が固く結ばれてゐたことを知つたのは収穫であつた。 2023.05.20「国の円寂する時」 ヨーロッパといふやうな便利な外枠は日本にはない。従つて今の自分達をを超へる枠は、自国の歴史に求める他ない。それは一国家一文明である日本の伝統、文化であらう。アジアとよばれてゐる地域で、ノーベル賞受賞者数を始め、ソフトバワーは他の国に抜きんでゐる。このことは日本の歴史、文化、伝統の賜である。しかし、自分の権利だけ主張し、自らに義務を課さない、大衆化した今の日本人には、それさへ気づかないやうである。 折口信夫「歌の円寂する時」 上記した折口先生の文章を援用すると、「この国の円寂する時」は、一つは、国の享けた命数に限りがあること、二つには、国民が大衆化したこと、三つには、正確、正当な歴史教育を疎かにしてゐることである。まともな自国の歴史を知らずして、どうして自国に誇りは持てるだらうか。 2023.04.16「〈四月物語〉余聞」 「現代アメリカのもつやりきれない状況を、一人の少年の無邪気で辛辣な眼を通して捉え、全米の若い世代の共感を呼んだベストセラー」とある。 2023.03.13「It's bliss」 到着したら、背景の音楽が変る。フレディの「冬の物語」だ。 わたしは夢をみているのだろうか フレディの「冬の物語」は、彼が天国でみた光景を歌つた曲なのだ。だから聴いてゐると、心が穏やかになり、目頭が熱くなるのだ。
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