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谷崎潤一郎
我といふ人の心はたゞひとりわれよりほかに知る人はなし

ホルヘ・ルイス・ボルヘス
私の作品の中の全てが誰か別の人からの借り物であることを、いつの日か人々が見つけてしまうのではないかと私はずっと恐れてきた。

杉山登志〈CM ディレクター、1936年生ー1973年自死、以下は遺書〉
リッチでないのに
リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに
ハッピーな世界など、えがけません
夢がないのに
夢をうることなどは…とても 。

伝道の書 第一章
知恵多ければいきどほり多し、知識を増す者はうれへを増す。

トルーマン・カポーティ
あたりは暗くなってきた。彼女は空や雲とともに闇にまぎれ、空や雲よりも遠ざかって行くように見えた。私はカモメの鳴き声よりも大きな声を出して彼女を呼び戻したかった。マリリン!ねえ、マリリン、何もかにもがなんで決まりきったように消えてなくなるのだろうか。人生ってなんでこんなにいまいましく、くだらないのだろうか、と。

和田誠
こんど生まれ変わることができたら、なにになりたい? と聞かれたあるひとは、こう答えた。「僕の子供になりたい。僕がかわいがるから」
〈和田誠のことばだと記憶してゐるが、さだかではない〉

田母神元航空幕僚長
核を持たない国は、究極的に核保有国の意思に従属することになる。

アンドレ・マルロー
人生は何ものにも値しないが、人生に値する何ものも存在しない。

クロード・モネ
盲目で生まれたかった、そして、とつぜん目が見えるようになりたかった。

オスカー・ニーマイヤー
ある時「人生とは何か?」と聞かれた。私は女性がいればいい、と答えた。私も地球の生き物だからね。

サー・トマス・ブラウン
人はみな癒されるまいと努力する。なぜなら、死こそが万病を癒す薬なのだから。

イザベッラ・デステ
Nec spe nec metu〈夢もなく、おそれもなく〉

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
マタイ受難曲が演奏されるすべての場所に教会が存在する。

スヴャトスラフ・リヒテル 修道院の墓地にて
何か聞こえるか?私には何も聞こえない。私が感じるに、あちら側は虚空だ。彼らはあらゆる場所に存在する。ただ、ここにいないだけだ。

ジョージ・サンタヤナ
過去を思い起こし得ないものは、過去を繰り返すように運命づけられている。

邱永漢
夜考えることは過激すぎるか、悲観的になりがちです。君よ、考え疲れたら、ベッドに入りなさい。明日から先のことについては、朝になってから考えてもまだ充分、間に合います。

マキャベリ
隣国を援助する国は滅びる。

亀倉雄策
日本人は時間を守るとか団体行動に向いているというのは嘘だ。どちらも東京オリンピック以降に確立したものだ。みんな、そのことを忘れている。

カズオ・イシグロ
記憶は死に対する部分的な勝利なんです。私たちは大切な人を死によって失います。でも、彼らの記憶を持ち続けることはできる。それこそ「記憶」の持つ大きな力だと思います。それは死に対する慰めでもある。それは誰も奪うことができない。

ヘンリー・キッシンジャー
国家に真の友はいない。

アリスティド・マイヨール
人生が美しいのは、胸を打つのは、劇的なのは、それが過ぎ去るものだからだ。女が通り過ぎ、行き去る。雲もその影も、通り過ぎては消え去ってしまう。日没の輝きも、ほんの短い間だけで消え去ってしまう。全ては消え去ってしまう。…思い出が、結局は、そうだろう、人生の全てなのだ。

ホイットニー・ヒューストン
一番の悪魔は私自身。私は、私の最高の友人であるか、私の最悪の敵だつた。

タウンゼント・ハリス 下田玉泉寺の、亜米利加領事館にて
厳粛な反省……変化の前兆……疑いなく新しい時代が始まる。敢へて問ふ。日本の真の幸福となるだらうか。

ラインハットの関所の老人
ほつといてくだされ。わしは川の流れを見ながら、この國の行く末を案じてゐるだけじゃて……。

トロッキー
人間が戦争を忘れても、戦争は人間を忘れない。

ルートヴィヒⅡ世
何時か私が召されたとき、神も私を狂人だと言はれるだらうか ?

ジャン=クロード・カリエール
思い出してしまうということ、そして忘れられないということは、時として問題であり、悲劇でさえある。

釋迢空
人間を深く愛する神ありて もしもの言はゞ われの如けむ

サン・テグジュペリ
人間の幸福は、自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在する

パブロ・ピカソ
すべては奇跡だ。風呂に入って体がお湯に溶けてしまわないことだって。

山本周五郎
「人はなんによって生くるか」
私はそちらへ振り向いた。
「人は」とその男はまた云った、「何によって生くるか」
その男は五十年配で、綿入の布子に綿入の半纏を重ね、垢じみた毛糸の襟巻を頭から頸へぐるぐる巻きつけていた。顔はよくわからないが、固太りの頬に胡麻塩の鬚が伸び、厚い大きな唇や、ぎょろっとした眼つきに、どことなく土建会社の現場監督といったような、威厳が感じられた。
「なんですか」と私は反問した。
私は釣りに関することで話しかけられたのだと思った。場合が場合だから、そんな深遠な人生問題、むしろ哲学的な命題について一拶をくらおうとは、夢にも思わなかったのである。
その男は現場監督が怠けている労働者を見るような眼で私のことを見、そうして、こんどは一と言ずつ区切って、同じことをはっきりと云った。ーーこのあとを書くと人は信じなくなるだろうが、事実を云うと、男は右手の拳を私の方へぐいと突き出したのである。私は危険を感じて、身を反らし、男は突き出した拳を上下に揺すった。これを見ろ、といったような手つきなので、その拳を注意して見ると、握った中指と人さし指のあいだから、拇指の頭が覗いているのであった。

皇后陛下御歌
かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこいきけむ

水村美苗
エミリー・ブロンテという作家はあの「嵐が丘」を書いたというのに、彼女自身、そのことを知りようもないなかで書くより他はなかった…この事実には、何か、人の気を狂わせるような不条理なところがあります。でも、それこそ、ものを書くということの基本条件なのです。

A・アファナシェフ
静寂と音楽は一つのものである。ときに静寂は聞こえてくるし、ときには音楽が静寂になる。音楽は自ずと静寂に向かう。

 
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